母と戦争について話す

終戦の日の数日前から、NHKが戦争についてのドキュメント番組を多く放送している。自分が見た番組について母に、こんなのを見た、こんなエピソードがあったと話し、そこから母の戦争体験の話に繋がっていく。
昔から戦争については色々聞かせてもらってはいたが、実際の体験者としてはあまり思い出したくない過去。ドキュメントでも、忘れたいという本音を聞くことが多く、母についても、戦争の話は嫌だろうなあという想像はできる。
それでも、話が始まれば、そういえばこんなこともあったと話は尽きず、また私も聞けることはすべて聞きたいと耳を傾け、それによって貴重な追体験ができることがありがたい。
友人(と、呼ばせて頂いてもよいでしょうか?チーフ ^ ^;)が地図に関わる仕事をしている。米軍が撮影した各地の空襲にまつわる航空写真があり、我が家にとって身近である東京大空襲前後の写真もあるという話を聞いた。それを受けて、写真で実際に町の変貌を見せることが子供たちに戦争を知ってもらう良い手立てにはならないだろうか、というような話にもなった。
そのことを母にも話した。すると母は、「写真だけではなんにも伝わらないよ」と。勿論私にもそれはわかっていて、写真に添えるべきものは何だろうと朧気ながらずっと考えていたのだが。
「空襲前の町の一軒一軒の中には命があった、生活があったと、ちゃんと話してあげないと、子供は想像できないよ」
つまりは、今の平和な生活が、お父さんお母さんが、兄弟が、友達が、一瞬にして消え去るという想像を、いかに子供たちにしてもらえるか、そういう工夫が必要であると。これまた確かにそうだね、と、私も自らを空襲前のとある家の子供として想像してみることをしながら、頷いた。童話などの形で工夫されている人々もきっとたくさんいらっしゃるであろう、とも想像した。
もうあと何年かで、戦争体験者はこの日本からいなくなってしまう。
次に大切なのは、戦争体験を持つ親類のもとに生まれた私たちの世代が、伝えられたことや大切な資料をもって、どれだけまた次の世代にそれを引き継ぐことができるか、ということではないかと思う。
何ができるのか。行動力のない私ではあるが、常に心にある案件である。
今の日本に戦争の恐怖はもうないのかといえば、それはNOである。
そのことも子供たちにちゃんと考えてもらえるよう、大人は工夫してあげなくてはいけない。
これからも母と戦争の話を、できるだけしていければいいなと思う。

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