父の遺品整理もひと段落。
その途中で写真の束が見つかった。古い写真。
見たことのない父や父の友人、職場の同僚、親戚などの写真。私は興味津々で眺めたが、母は「要らない」とまるっと処分する気満々。
亡くなった人のものはきれいに片付けた方が、その人の迷いを取り除ける、そんな話も聞いたので、それもあってのことではあるが。
写真って、別だよね。
私は父と確執があって、生前まともに話せたことが少なかった。文句もまだたくさんある。しかし、それと写真を捨てるのとは別。
妻にとって夫の写真に未練はなくとも、子供にとっては未練が残る、そんな話を正面きって母に話すのは気恥ずかしく、まあいずれまとめて私が仕舞っておこう、と思っていたのだが。
はたと気がつくと、その写真が引き出しに納められていた戸棚が、ない。
そういや粗大ゴミの手配していたっけ。
写真、捨てた?と素直に聞けない、複雑な我が家。
母は母なりに父がいい感じに写っている写真だけはとっておいているので、多分それで気が済んだのであろう。でも子供は未見の父の写真は後でじっくりすべて見てみたかったのだ。
ま、どこん家もあるか、こんなこと。
夫婦は他人。このことが、すべての家々に悲喜こもごも、連綿と様々な歴史を作ってきているのだな、と、以前からよく考え込む。
自分も結婚すればわかることなのよね、きっと。
コメント
夢もヘッタクレもなくなっちゃいますが…、
夫婦は…残念ながら他人です…。
夫婦でいる、あるいは家族でいるって、簡単なようで
実は大変な労力を必要とするのですよね…。
これはワタクシ、自分の親にも、自分トコの夫婦にも
実感として持っていること。
うちも、親に素直に色々聞けない複雑さがあって、
実は…未だに引きずっております…。
もう、いい大人なのになぁ~(笑)
●ハラグロ2号さん
実感されてますか。ふむふむ。
私も夫婦関係とか親子関係なんてものには、
子供時代にすでに諦観していましたから、
夢ってあんまりないのです。。
夢見た頃もありましたが。。
問題なのは世のお父さんお母さん方が、
子供は相手の肉親であるという自覚を持ってあげてほしい、
ということでしょうかね。
引きずりますのもね。ずっと。
こればっかりは大人になっても、
心の中に頑固に残る問題だと思いますです。