東京大空襲があった日

毎年意識しているわけではないのですが、今日は新聞にて東京大空襲のあった日だということを知りました。

原爆投下の日は意識しているのに、一番身近な戦争の傷跡については意識が低いなあと思いました。

我が家は元々亀戸という天神様のある場所の近くにあったそうです。それが東京大空襲によって焼失し、戦後一坪たりとも取り戻すことはできなかったそうです。家々の境界線もなにもわからなくなるくらい、燃えてしまったからだと思います。幸い家族は命があって、千葉に近い場所に居を移し現在に至ります。

母方は当時深川に住んでいて、偶然空襲の一週間ほど前に千葉に引越し、難を逃れたそうです。トラックで一度に引っ越す時代ではありませんから、日用品など必要なものだけを運んでまず人が移ったため、その他の大切なものはすべて失ったということです。しかしこちらも幸いに命は全員無事でした。空襲後、母の兄が深川へ行こうとした際見た光景は、それは悲惨だったということです。

大空襲の話を含めて、親たちの戦争体験を通していつも思うのは、自分の命が今ここにあることは、本当に奇跡なのだなということ。
親やそのまた親の代の分まで、数多の奇跡をくぐり抜けて来られたことを神様に感謝しています。

実際どれほど悲惨なことがあったのか。原爆資料館などに赴くのは実に辛く、目にしたくないものですが、実際を知らなければ人はまた忘れた頃に同じことを繰り返すのかもしれません。

人間というすべてのDNAに繰り返してはならない、無くさなくてはならないという意識が出来上がるまで、後世の人間、あるいは現在蚊帳の外にいる人間は‘知ること’が大切なのだなと思います。
その重さの断片を心に置いてLove&Pieceを祈っていければ良いのではないかと思います。

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